月別アーカイブ: 2014年1月

貸金業(3)

◇  お金に関する相談等

貸金業とお金は切り離せないものですので、お金にまつわる相談や苦情も気になるところです。
法的な相談窓口である法テラス(http://www.houterasu.or.jp/)に、サポートダイヤルの統計情報が公表されていました。平成25年12月現在で見ると、金銭の借り入れ相談等が男女・夫婦の問題に次いで多いようです。貸金業に関する相談窓口は、日本貸金業協会(http://www.j-fsa.or.jp/)で対応されています。
ホームページでは、一般の方向けのページも作成されていますのでどなたでもご覧になれます。
下図は、平成26年1月24日に公表された統計データの中からグラフを転載しています。グラフを見る限りでは、相談・苦情件数も減っていますが、お金にまつわる相談は決して少なくないようです。

 協会グラフ260124転載
(日本貸金業協会 月次統計資料【平成26年1月24日UP】より転載)

 

◇  借金と人間の欲求

鎌倉時代の1297年に発令した「永仁の徳政令」は、貧窮に苦しんでいた御家人を救済するために借金の棒引きを実施したとも言われています。現代の過払金とは違いますが、貸し手にとっては厳しい措置でした。借りすぎになる背景はさまざまでしょうが、借り手が返済できない状況は現代に限ったことではないようです。アメリカの心理学者であるマズローが人間の欲求について、人間が自己実現に向けて成長する5段階の欲求説を唱えています。5段階でお金が深く関わるのは、食欲等を満たすための1段階(生理的欲求)や住居や貯蓄等の2段階(安全欲求)でしょうか。衣食住が足りると、人間関係等の3段階(社会的欲求)や自己重要感等の4段階(承認の欲求)になりますが、4段階までを欠乏欲求とも言われます。豊かな社会になっても、多くの人間の心は満たされていないようです。
現在、貸金業者からの個人の借入に対する総量規制が実施されています。法による新たな借りすぎを防ぐ規制ですが、借金問題の本質は別にありそうです。

 

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宝町の由来

明治の実業家である中沢彦吉がめでたい名前として「宝町」と命名し1931年新しい町名が誕生したそうです。1978年に京橋へ統合されたため、僅か40有余年で町名は無くなりました。現在では、1963年に開業した「宝町駅」の駅名を通して、宝町が存在していたことを感じさせてくれます。そもそもめでたいという理由でつけられた町名ですので、お宝にはちょっとした縁を感じます。命名者である中沢氏は中沢【銀】行と八十四【銀】行を創立しています。現在の宝町駅付近にも、中島【ゴールド】ビル(当社が入居しているビル)、三井住友【銀】行、秋田【銀】行、信金中央【金】庫が駅を取り囲むように存在します。貸【金】業を生業とする当社も1939年からこの地で営業しています。また、骨董、美術品といったお【宝】にご縁がありそうな会社も古くから事務所を構えています。【宝】くじチャンスセンターも近くあります。町名の「宝町」は無くなりましたが、ビルの建ち並ぶ京橋地区にお宝を感じていただけたでしょうか。

 

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変わるタイミング

新年あけましておめでとうございます。

「一年の計は元旦にあり」と申します。ブログをご覧の皆さまも今年1年の計画に基づき、スタートされていることでしょう。今年が良い年となることを祈りつつ、当社も今日から業務を開始しています。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

 

 ◇  暦(グレゴリオ暦)と改正

現在の暦は、明治6年1月1日(旧暦明治5年12月3日)に施行されました。改正当時、閏月のある年13ヶ月の明治6年旧暦の暦が発売されていました。施行まで1ヶ月満たない期間で布告された暦の改正で、かなりの混乱が生じたようです。明治5年が11ヶ月2日、明治6年が12ヶ月となり、計算上で暦が約2ヶ月消失しました。国家財政の問題も背景にはあったようですが、法施行のタイミングによっては多方面に影響があるものです。貸金業関係法令の例では、過去に遡る改正が近年施行され、業界が縮小する要因にもなりました。今年は、4月に消費税率の改正も予定されています。日本経済が好景気であって欲しいものです。

 

◇ 会計期間と改正

企業には、会計年度があります。会計期間とも言われますが、一般的に1年間です。当社(東信商事株式会社)の会計期間は、昭和7年の会社設立当時から第122期(平成4年10月1日~平成5年3月31日)至るまでの60年余りを半年間としていました。定年制もなかった平成5年当時では、平均年齢が60歳を超えていました。勤続60年を超える大ベテランも在籍する中で、会計方針が守られてきたようです。事業承継とともに改正は訪れ、その後の会計期間は1年となりました。社員も若返り、ビル賃貸管理業として東信入船ビル、東信商事ビルと相次いで建設され、金融業とビル賃貸業の2本の柱となりました。

 

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